My favorite Three Kingdoms

三国志に特化したコラムをやりたいという思いから開設しました。演義や正史に拘らず楽しみながらやっていきます。

【連載4】前職場の製造責任者

倒産した前職場では、M本部長という方が製造部門の責任者をされていました。

私は基本、上からの指示に対しては素直に従い、自分の意見があっても飲み込んでしまう事が多いのですが、このM氏とは何度か言い合いになりました。

当時設計部門だった私が、顧客からの納期の要望でM氏に相談を持ちかけても、大抵は「そんなん無理や…アヘアヘ」という返答。

私もブチ切れて「こんな事もできんのかぁ!」と思わず言い返す。

また、コスト削減の図面を書く為に、M氏から製造側の意見を伺おうとしても「製造に指示するのが設計の仕事とちゃうんけ?オマエの出来の悪い上司に聞けや!」言われる始末。

おまけに滑舌も悪く、M氏からの要望で訪ねて来られた時には、彼が何を言っているのか理解できず、意志の疎通もままなりませんでした。  

さらに酒癖も悪く、飲み会になると私に「悔しかったら一億程度の仕事ぐらい一人でやってみろや!」「もっと努力してみろや!」と滑舌の悪い説教を垂れてきたものです。飲み会の帰り道には墓場で泥酔する事もあり、その時は部下から介助されていました。(僕は素通りしてましたが…)

 

私を含め他の社員たちも、何故M氏が製造責任者なのが納得出来なかったのですが、そのM氏は会長の息子さんという事でした。

身内という事で、長年に渡り上の立場に居座っていたのかもしれません。

もちろん、会長の息子さんという事で周りからのプレッシャーも強く感じていて、会社で渡り歩いて行く為に、あえてそのような態度に出ていたのかもしれません。

人は与えられた環境によって左右されるものです。

 

やがてその職場が倒産した後、就活をしている時にハローワークでそのM氏と偶然会いました。

M氏は懐かしげに私の顔を見て横に座り、そしてこう言いました。「オマエらの上司や社長が無能やからこんな有様や…この御時世、雇ってくれるとこなんか無いやろなぁ〜」

 

三国志に『泣いて馬謖を斬る』という故事成語があります。

第一次北伐による街亭の戦いで、諸葛亮の腹心の部下である馬謖が、諸葛亮の指示に従わずに勝手な判断で山上に陣を敷いた為に、魏軍に攻められて大敗。馬謖諸葛亮が以前から非常に目を掛けていたので、諸葛亮としては見逃してやりたい気持ちでいっぱいでした。しかし、ここで情に流されて軍律を守らなければ組織は脆くなると、諸葛亮は泣く泣く馬謖を処刑しました。

つまり、例えどんなに可愛い身内であろうとも、規則を破ったり、仕事の結果が伴わない場合には、指揮官は然るべき処分を下さないと、やがて組織が脆くなり、企業は存続できなくなるのです。

 

そのM本部長が現在はどうしているのか、知る由もありません。 

前向きな人生を送っていると信じています。